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空間表裏 it's gone. it's come.

Etc_073

あたしはどうやら世間と感覚がずれている部分が多いようで、何かにつけて変人奇人扱い、まあそこまでいかずとも「普通じゃない」という扱いを受けることは珍しくない。

実はつい最近まで、その「普通じゃない」扱いを受けること、変人だと言われることを喜ばしく思っていたのだが、いつ頃からだか無性に癪に障るようになった。テメー何様のつもりだ見下してんじゃねーぞ。言葉の蓑に隠れてテメーの奇行は棚に上げるくせに。

そもそも「普通」とは何なのか。

この到底答えのみつからなそうな問いにあえて答えを与えること。それが多数派意見に迎合せずやりたいようにやってくことの始まりだ。

あたしは多数派意見=「普通」だなんて、はなっから思っちゃいない。たまに多数派にいることがさも素晴らしいかのようなことを口にするお方がいらっしゃるが、アホと呼ばせていただこう。画一化された社会に安住するのがどれだけ進歩がなく退屈なことか。

 

誰一人として自分と同じ、姿かたちはさておき考え方までまったく同じ人間は存在しない。一人ひとりが少しずつ違うこと考えてて、好きなことや得意なことも違う。いろんなことに長けてる人もいれば、あることにだけ天才的な仕事をする人もいる。

それぞれにこだわりがあって、まったく同じなんてことはありえなくて、相反する考え方が出会えばお互いを自分とは違う、と認識するだけのことだ。

そう、違う、ということ。それがつまり「普通」なんじゃないのかな。

だって万人が共通して持ってる「普通」の絶対定義なんて、ないんだから。それぞれが自分にひとつ「普通」の定義を持ってる。ほかの何ものでもない、自分だけの。

「普通」とは決して何か画一的な型にはまったものをさすんじゃない。

自分をすべての判断の基準とすること。

これが、あたしの「普通」の絶対定義だ。

 

結論。あたしは別に奇人でも変人でもない。普通だ。

多数派でいるのが嫌なのは、ただ単に他の人と同じことをしてもつまんなそう、という天邪鬼根性が物言ってるだけなのだ。まったくもって普通だ。

 

一応断っておくが、ここで指した「普通」とは、一般世論における「常識」あるいは「モラル」といった類の多数派意見による強制(矯正?)定義とは別の話だ。

ルールは画一化の手段じゃない。ルールがゲームを縛っては本末転倒なのだ。

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