書かれなかった空白の四半日に君と隣り合う。 Far away, with You.

  

帰り道に恋なんて拾うもんじゃない。

  

mixiの日記を一年ぶりくらいに更新した。
上の一文は、そのタイトル。

日記ではタイトルにかするような内容は一言も書かずに。もちろん 笑。

それがなおのことタイトルに引っかかっちゃう印象を与えたようで(しかも一年ぶりの更新で)、日記の内容よりもそっちに対する反応が多かったのは、まあ言うまでもない。
我ながら、うまいタイトルだと思う。
短編集の名前として使えそうじゃあないかい?

 

を定義するのは難しい。

愛は、もう少し普遍的で安定してるけど。

  

人種の坩堝だとかデカりんご(Big Apple)なんて呼ばれ方をする世界でも有数の巨大都市・New York City。

一般的に「New York」というと、この世界の中心都市らしき町を連想するようだけど、「New York」が指すのは、New York Cityである場合はむしろ少なく、New York State全体の広大な(北海道くらい)土地だ。

New York CityはNew York Stateのほんの南端にあって、あたしはそこから長距離バスを乗り継いで7時間ほどのところにあるPlattsburghという、大学しかない小さな町に友達を訪ねた。

カナダ国境まで車で1時間。でもここはNew York。

PlattsburghのあとにJohnstownという別の町(同じNew York内)の友達のところにもお邪魔して、その子のホストファザーと話したときにこう言ってた。

ここには何にもない。Cityとは正反対だ。でもここはニューヨークだ。みんな俺がニューヨーカーだって言うと、「すごいとこに住んでるんだね」て言うけど、彼らが思ってるニューヨークと俺が住んでるニューヨークは全く別の世界だ。彼らは何も知らずに、ある意味想像でものを言ってる。ほんと、無知で浅はかだね。

彼はあたしに同意やましてや同情や憐憫を応答に期待して言ったのではなかった。

事実を淡々と、でも皮肉りながら、当てつけるでもなく、どちらかというと独り言みたいに呟いた。声音はなんだか少し楽しげでもあった。

(執筆途中)

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不思議に恐怖心はなかった。ただこの橋を下から見上げたいと思った。 Want to see the Bridge up, or cannot remove my fear.

他人にも時間にも縛られない、気楽さ。

この、時空の狭間のような、空虚で、心地よい。

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 ↑ポルト(ポルトガル)にて

    

12月6日昼過ぎに成田に降り立ちますよー。

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虹を探しにゆく。そう言って君はいなくなってしまった。 Said, "go and take it." and you've gone.

単なる偶然以外の何ものでもないとわかってはいても、そこになんらかの繋がりを見出そうと無駄な思考をめぐらすのがあたしなのだ。

いや、それにしてもこんなことってあるもんなんだなあ。

ある友人二人のmixi退会について。

mixiについては、うちのおかんが知ってる(しかも登録までしてる)くらいだから、インターネットを日常的に使っている日本人には今さら説明の必要はないであろう。

あたしの友人関係は物理的な範囲としては広いとも言えるがひどく断片的だ。断片的、という言い方が適切かどうかは自信がないが、とにかくそれぞれの友人同士の繋がりが薄い、もしくはまったくないということが稀でない(mixi上でもそれは変わらない)。しかも相当の連絡不精なので、突然どこかで事故死でもしたとき葬式に知り合いを集めるのに非常に手がかかりそうなタイプである。

そんな中でもあたしにしてはかなり自分の消息を明かしてるうちの二人がまったく同時にmixiをやめた。

友人Sとは中学で同じ部にいた上に通学路がかぶってるもんで3年間ほぼ毎日のように顔を合わせていて、日本に戻るといまだに地元のサイゼリアなどでだべる仲。
もう一方のAはCanterburyで出会った人。大学で同じコースにいた数少ない日本人仲間で、サシで酒を飲むたびに現代日本における思想及び文化傾向を熱烈に批判する会(会員2名)を開いていた、わかりやすくいうと「最近の日本人は…」な会話をするオッサン仲間(こういうと本人は怒るだろうが)。

二人ともお互いに面識があるってことは万が一にもなさそうだし、ましてや人と示し合わせて行動するって人間でもない。だからこそ不思議なんだけども。

猿の芋洗い、という現象をご存知だろうか(今日の話の引き合いに出すのは的外れな気もするが、ふと思い出したので)。まったく同じひとつの出来事(猿が芋を洗って食べ始める)が、お互い通信手段もなく遠く隔たった複数の地点で同時発生し広まっていく、という現象。古代文明の発祥時期についても言えるそうな。

目に見えない何かが共鳴するのだろうか。

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    Kentの丘よりCanterbury市街を望む

  

中途半端に余った時間があたしを必要以上に緊張させる。
再び予想だにしなかった方向へと転換する行き先。

さて、北に向かおう。

  

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溶けゆく氷山の一角 Another President

夜型生活が抜けません。

只今午前7時を回ったところ。それなのに何だこの薄暗さは。あたしの気分の問題ではないという確信はあるけれど。曇ってるからっていっても、9月の朝7時ってこんなに暗かったっけ?日本の感覚(だいぶ抜けてきている)でいうと、真冬12月くらいの朝7時がこんな感じだったよな。今の時期でこれって…北国の冬は想像するだに恐ろしいな…。どんだけ日照時間短いんだよ(昨冬わざわざ北欧に行った奴が言うことではない)。

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さっきあまりに眠れないんでキッチンに出てみたら、東の空にピンク色の羊ちゃんがもこもこと群れてるのを目撃した。今はもうすっかり消えちゃって、どんよりした鉛色の空が広がるばかり。朝焼けが綺麗な日は雨降りだっていうのは本当なのかしら。

  

一年住んでた部屋を今月中に引き払わにゃいかんということで、荷物の整理・箱詰めの真っ最中。よく引越し準備中は部屋の中が足の踏み場もないほど散らかるっていうけど(あたしの家族だけか?)、今のあたしの部屋はどう見てもいつもの何もしてない状態よりよっぽど秩序があって綺麗に見える。

昨日までで要らないものはほとんど処分した。捨てたもののうち、紙ものが圧倒的多数だったのはいうまでもない。行く先々でついついもらってきてしまうパンフレットだのチラシだのが積りに積って、部屋の半分近くを占領していたようだ。病気だね、こりゃ。

服もだいぶ増えた。持ち運ぶには多すぎるし、ほとんどがチャリティショップ行きになるんだろうなあ。日本ではそういったシステムはあまりメジャーじゃないけど、イギリスではどんな小さい町でも一軒くらいはチャリティショップがあって、服や靴、文房具やCDなんかを無料で引き取ってくれる。それを商品として売って得た収益金を活動に充ててるってわけだ。

本はアジアンマーケットで買い取ってくれるし、DVDはハウスメイトに置いていこう。置いとけば誰か暇な人が観るであろう。

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こないだTescoでうっかり買ってしまったチョコが予想外に美味かった。

   

観てないDVDがまだまだ大量に残ってるから、と思って、まず手始めに「おもひでぽろぽろ」と「An Inconvenient Truth」を観た(日本語の作品を先に見て士気を上げてから英語に挑もうという浅はかな計画)。

「An Inconvenient Truth」は日本にいるときから結構回りで話題になってたよね。邦題は「不都合な真実」だっけか。元大統領候補(と自らジョークにしている)アル・ゴア氏の地球温暖化をテーマにした講演をベースにしたノンフィクションドキュメンタリー。

構成がうまいのかゴア氏の話がうまいのか(たぶん両方)、英語彙が中学生レベルのあたしでも英字幕つきでとはいえ最後までついていけた。

あたし、はっきり言って温暖化って実際大したことないんじゃないかって思ってた。地球は放っておいたって温暖化と氷河期を自然に繰り返すようにできてるんだし、ちょこっと気温の上昇が急だからってちょっと異常気象が続いてるからってそんなに騒ぐことないじゃん、て程度にしか考えてなかった。

ええ、浅はかです。

数字をデータとして見せ付けられて、現状を生々しく捉えた映像を見て、あたしは自分の中の何かが崩れる音を聞いた。

たかが一本映画を観たからって、それで全てを知った気になっていいもんじゃない。でも少なくともあたしの腑抜けた肝を引っぱたき起こすには充分のインパクトがあった。

刻一刻と進んでゆく温暖化の症状。恐ろしいことが起こってる。今、この瞬間にも、それは止まることなく。そしてそれは全て、人間が引き金を引いたものだということ。自然の状態では絶対に起こりえないことだ。

人間の手で引き起こしたものならば、人間の手でそれを食い止めるべきだ。

とかなんとかちょっと大きいことを言ってみるけれども(感化されやすい単純人間だからしょうがないのだ)、あたしにできることって何だろう、と思う。悪態をついて理想論かまけてるだけじゃ、ただの阿呆だ。

うーんと、知ること、かな。

直接解決につながることではないけど、でも知ることは大事。それもできうる限り多くの情報、いろんな方向からの考えを知ること。

あとは、夜型生活を改善すること、だね。道のりは長い。

でもまあ、少しずつ考えていこう。

とりあえず「An Inconvenient Truth」、観てみて。何を感じるか、どう思うかは人それぞれだけど、こういう事実があるって知るのは決して無駄なことではないと思うんだ。

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既に冬薫る日暮れ Way to Home

最近あんまり記事を書いてなかったなあ、とふと。8月も片手で足りるくらいの数しか書いてない?よね。

まあ書くに足るほど起伏に富んだ面白い日常を過ごしていたわけじゃない、というのが表向きの言い訳で。書こう書こうと思いつつ、パソコンに向かうと他のことに気が向いちゃってうっかりそのまま夢の世界に旅立ったり。

         

この週末は、ここんとこの平らな日常から比べると、少しだけ活動に彩があった。

昨夏の英語コースでクラスメイトだったタイ人姉弟・PrimとKarin、そしてMinoriが籍を置いているMA Fine Art(日本でいう大学院のレベルに相当)の卒業制作展のPrivate View(初日のパーティ)に御呼ばれしてきた。

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会場はLondonはBrick Laneの一角。周りはインド料理やらギリシャ料理やらのレストランや屋台がひしめいてるような、ごちゃごちゃしてる場所。

久々に会う面々とお酒を飲みつつ屋台のケバブを食いつつ。

出展者のひとり、ベトナム人のAnnとも話した。ぜーんぶ終わって、彼女は心境を「empty(空っぽ)」と表現した。そうだよね。この一年積み重ねてきたものの集大成がこの展示で、ここがひとつの終着点、もしくは、少なくともひとつの区切りになるわけだから。Annはこの展示の片づけを終え次第ベトナムに帰るっていうからなおさらだろう。

Canterburyの大学で教育学のMAを終えて次の週末に日本に帰国するReiとは、行きのバスの中で(もしかしたら今までで一番ちゃんと)いろいろしゃべった。あたしの焼酎好きを披露すると爆笑しつつ、博多の焼酎バーを探しておく、と約束してくれた。来年の夏には、彼女の音頭で同窓会(?)を開くかもしれない。候補地は、大阪、希望。

KarinはLondonのLCC(あたしがオファーもらってる学校)、PrimはBirminghamで、それぞれ勉強を続けるそうな。

みんな、それぞれの場所へ散ってゆく。

元のハウスメイト・Mihoともここで落ち合って、そのままCanterburyの我が家へ。あたしの部屋に夏中置きっぱなしにしてた荷物を取りにきたのだ。帰りのバスがバッテリー上がっちゃってLondonで1時間半待ちぼうけ食らわされたのには参ったね。しかし金曜の夜によくもイギリスの業者が駆けつけてくれたもんだ(1時間半かかったけど)。

翌朝、夏の間のハウスメイト・Peko、Andreaがそれぞれ次の場所へと引っ越していった。あんまり関わりはなかったけど、いい子たちだったなあ。

そしてZoeが帰ってきて、相変わらずの日本贔屓っぷりに笑わされたり。

Mihoの新居まで荷物を運びに行ったり(日曜日で電車の時刻がいつもと違いすぎたために、普通乗り継ぎ一回2時間で着くところ、乗り継ぎ4回5時間弱かかって筋肉痛の身体で休む暇もなくCanterburyにとんぼ返りした)。

みんな、それぞれの場所でもうひとつの日常を歩みだす。

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歯ブラシを新調すると、普段歯を磨きたがらないあたしも、歯磨きの時間(子供みたいな呼び方だな)がなんだか無性に楽しみになる。前の歯ブラシ(↑)とはかれこれウン年の付き合いでした。グッジョブ☆

  

身の振り方を、考えてた。

ビザが切れて事実上違法滞在中のあたし。

LCCからのオファーはもらったものの、ビザ取得のためには日本に帰らなければいけない。それに、授業に出続けられる自信もない。

親は(そしてスポンサーの祖母も)、恐らく、いや間違いなく、あたしが就学することを望んでいるんだろう。直接の言葉にはしていなくとも、それくらいわかる。

あたしのいちばんの壁は、どうやら彼ららしい。

学校に行きたい気持ち、勉強したいことは、ある。

イギリスの生活にも英語にも慣れてきて友達もできてきたところだし、今ここを離れて、当てもなくふらふら彷徨うことに何のメリットがあるんだか、あたしにだってはっきり言葉で言い表せるほどわかっちゃいない。

無職無就学の状態が社会的にどれほど不安定で不利なものなのかも、口で言うほどわかってない。絶対。

ただ、この一年は、本当の意味で、すべての責任を(経済的なトコは多少除いて)自分が負うことになる。

アドバイスしてくれる先生がいるわけでもなく、うざいほど毎日つるむクラスメイトや友達もいない。毎日通うべき場所、こなすべき課題、提出期限…それもない。

寂しい、だろうか。
辛い、だろうか。
道を与えられない、ということは。

うだうだと同じことばっかり考えてる時間は、もう、ない。

選択肢も、もう、ほとんどない。

   

買い物の帰り道、ふと空を見上げて思った。

日が短くなったな。

午後7時というと、ついこの間まではまだまだ夕方と呼ぶにも明るすぎるほどだったのに。北国の夏はまた、駆け足で去っていってしまったのだ。

長袖のTシャツ一枚では随分肌寒い。自然と足早になる。

歩道に漏れてくる隣家の夕飯の香りをかいだ。

風が吹く。日はもう落ちたようだ。

薄暗い町をオレンジ色の街灯が照らす。

冬みたいだ、とあたしは呟いた。

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コドモは数の子 Stop runnin nose, plz

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あ゛ー…。いぎがぐるじいでふー。

レディングフェス(Reading Festival)のお仕事から帰ってきて早々、疲れが出たか風邪引いた模様。これは花粉症かと思うほどの鼻のむずむずと、止まることを知らぬラニングノーズこと鼻水。当然鼻詰まって息ができないため口で呼吸を代替するので、喉も痛む。

おかげ様で途中呼吸困難に陥りながら一日20時間近くの睡眠を貪っております。

レディングでもまた、ありがたい出会いがあったのだけども、その辺り含めたレポートはまた後ほど。とりあえず、寝るわ。

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目撃、五月一日火曜日 the Emerald Green

ふと外を見やると、ちょうど東の空(といってもかなり北寄り。さすが緯度が高いだけある)が白み始めるところだった。まだ大部分は夜の色、星をいくつも散りばめていて流れ星の気配すらした。でも東からは確かにエメラルドグリーンの気配が近づいていた。少しずつ少しずつ陽が近づき、その白いベールが境界線をもたぬもやとなって、しかし着実に夜を西へ西へと押しやってゆく。鳥たちがそのカラダ、全身全霊をかけて自分の存在を誇示している。鳥だけじゃない。あたしを取り巻く全て、植物も動物も水も土もそして空気も。地上はまだ闇色に包まれて空の一部分だけが光っていて、それが乱反射しあって地上のカタチあるものの輪郭をぼんやりと輝かせる。そんな中で生命が、はちきれんばかりの雄たけびを上げる時間。曖昧な時間に凝縮された莫大なエネルギーの群れ。あたしは圧倒された。そして、音ではない叫びを身体全体で奏でた。人の気配は全てこのエネルギーの奔流にかき消されて聞こえない。飛行機雲が流れ星か彗星みたいに見えた。世界は、こんなにも美しい。

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ハレの日のはず an awful birthday

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世界のすべてのものが憎い。

自分もろともこの世界が消えてしまえばいいのに。

 

と、いつも思う。二日酔いのとき限定で。

21歳というイギリスでは記念すべき酒類購入を許される年齢になった初日を、二日酔いの状態で過ごすとはなんとも皮肉な。しかも当人相当のアル中。ああ、実に世紀末的な皮肉だ。マジ笑えねー。

あたしは極度の二日酔い中は、目が合った奴は虫だろうと人だろうと片っ端からブッコロス、くらいの勢いで機嫌が悪い。そして些細なことで気が立ったり滅入ったり。

といってもあたしは運がいいので、今のところそこまでヤバイ状態のときに誰かといて精神的な迷惑をかけたことは、ない。いつも一人で世界を呪ってうだうだしてるだけ。

今日はまあそこまでではなかったものの、やっぱり世界消滅願望がむくむくと鎌をもたげていた気配があった。

Piccadillyのジャパニーズセンターの食品売り場のレジのねーちゃんが、あたしにだけ日本語ではなく英語で対応してたことに対しても、理不尽なほど腹を立ててた。や、いつものことじゃん。あたし絶対中国人だと思われてるんだよ。ほら、にほんじーん☆て感じのきらきらおしゃれして化粧してる女の子共とは比べるだけ無駄ってくらいずぼらな雰囲気醸し出してるから。

…罪のない日本人衆に対していつもよりもっと攻撃的な姿勢とってるのも、ゾロ目なんだから人の誕生日くらい憶えてろよっていうかみんなどーせ憶えてたって筆不精を理由におめでとうのひとこともよこさないんだ、なんて卑屈なマイナス思考になってるのも、あれもこれもすべて二日酔いのせいなので、大目に見てください。

世界の滅亡も、願うだけならタダだから。

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世界標準時のお膝元 shortly arriving

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妹がやってきて、早一週間。

別に大したことはやってない。毎日昼過ぎに起きてぶらぶら街歩いてちょこちょこ買い物したり…て程度。一番の遠出は今のところ、先週行ったWhistableだ。といってもバスで30分くらいの近場。まあLondonくらいまで出ないと何もやることがない、というのが実情でありまして。

明日から4日ほど妹を引き連れてLondonで遊んでくることにした。泊りがけ。

明日の夜に Seth Lakeman のライブがあるから、あたしはどっちにしてもLondonに行く予定を組んでいた。夜ライブ後にわざわざCanterburyまで戻ってくるのがめんどくさい、というかそもそも電車がないし、この機会にぱーっとやろうって寸法。

ほんとはSTOMPの舞台を見たかったんだけど、直前てこともあってチケットが手に入らずじまい。うーん…次回に期待。ぜーったい妹と見たら反応が面白いと思ったのになー。STOMPは、舞台といってもいわゆる伝統的にいうミュージカルとか演劇とは一味違う、現代アートを舞台にしましたー!!て感じのユニークなもの。日常の生活空間にある、ごくありふれた道具やガラクタで音楽を奏でて、踊りあり歌ありのエネルギッシュな舞台になってるらしい。

舞台、というかすべてのナマのパフォーマンスでは、言葉も大事な一部だけどそれよりももっと、雰囲気や空間を共有することによって観客とコミュニケーションとるんだってあたしは思ってる。その空間、舞台という非日常の空間に、日常にありふれたガラクタが入り込む(しかも楽器としてちゃんと“役”を持ってる)っていうのはどういう感じなんだろう、と。めっちゃ興味ある。

悔しいから、Greenwichのプラネタリウム見て、Earls Courtのビールフェスティバルに行って美味いビールたらふく飲んできてやるー。Royal Albert HallのPromもうまく立ち見券取れるといいんだけど。中華街で醤油買ってこなきゃ。

明日は早起きです。6時おきです。ここ2,3週間の起床時間より8時間くらい早いです。…ほんとに起きられるのかしら。

Whistableの牡蠣はまじ美味かったー。また行こう。

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空間表裏 it's gone. it's come.

Etc_073

あたしはどうやら世間と感覚がずれている部分が多いようで、何かにつけて変人奇人扱い、まあそこまでいかずとも「普通じゃない」という扱いを受けることは珍しくない。

実はつい最近まで、その「普通じゃない」扱いを受けること、変人だと言われることを喜ばしく思っていたのだが、いつ頃からだか無性に癪に障るようになった。テメー何様のつもりだ見下してんじゃねーぞ。言葉の蓑に隠れてテメーの奇行は棚に上げるくせに。

そもそも「普通」とは何なのか。

この到底答えのみつからなそうな問いにあえて答えを与えること。それが多数派意見に迎合せずやりたいようにやってくことの始まりだ。

あたしは多数派意見=「普通」だなんて、はなっから思っちゃいない。たまに多数派にいることがさも素晴らしいかのようなことを口にするお方がいらっしゃるが、アホと呼ばせていただこう。画一化された社会に安住するのがどれだけ進歩がなく退屈なことか。

 

誰一人として自分と同じ、姿かたちはさておき考え方までまったく同じ人間は存在しない。一人ひとりが少しずつ違うこと考えてて、好きなことや得意なことも違う。いろんなことに長けてる人もいれば、あることにだけ天才的な仕事をする人もいる。

それぞれにこだわりがあって、まったく同じなんてことはありえなくて、相反する考え方が出会えばお互いを自分とは違う、と認識するだけのことだ。

そう、違う、ということ。それがつまり「普通」なんじゃないのかな。

だって万人が共通して持ってる「普通」の絶対定義なんて、ないんだから。それぞれが自分にひとつ「普通」の定義を持ってる。ほかの何ものでもない、自分だけの。

「普通」とは決して何か画一的な型にはまったものをさすんじゃない。

自分をすべての判断の基準とすること。

これが、あたしの「普通」の絶対定義だ。

 

結論。あたしは別に奇人でも変人でもない。普通だ。

多数派でいるのが嫌なのは、ただ単に他の人と同じことをしてもつまんなそう、という天邪鬼根性が物言ってるだけなのだ。まったくもって普通だ。

 

一応断っておくが、ここで指した「普通」とは、一般世論における「常識」あるいは「モラル」といった類の多数派意見による強制(矯正?)定義とは別の話だ。

ルールは画一化の手段じゃない。ルールがゲームを縛っては本末転倒なのだ。

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